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2000年01月 アーカイブ

2000年01月01日

2001年宇宙の旅(ニュープリントバージョン)

監督・脚本:スタンリー・キューブリック
脚本:アーサー・C・クラーク
出演:ケア・ダレー/ゲーリー・ロックウッド/ウィリアム・シルヴェスター
1968/アメリカ

時は2001年。人類は宇宙にまで住む地を広げていた。科学者達は月で発見された謎の石碑について調査へ向かう。
その後人間は人類の謎を解くため、宇宙船ディスカバリー号で木星に向かうのだが・・・

後に数多くのSF映画やアニメに多大な影響を与えた名作中の名作。
僕がこの映画を初めて観たのはビデオ。たしかその時は集中して観ることができず、途中で寝てしまったような・・・。
でも今回は渋谷パンテオンの大きなスクリーンで観ることができて、集中して観ることができた。

やはり驚くべき点はこの映画が1968年に製作されたということだろう。2001年となった現在、残念ながら映画のような世界にはまだなっていないが、今この映画を見ても古さを感じないのは、やはりキューブリック監督に先見の目
があったということだろう。

それにキューブリック独特とも言える映像。これは絶対に美しいとぼくは思う。特に空の色がキレイに撮られていてそれだけでぼくは感動していまう。

そしてやはり宇宙での、コンピュータ「HAL9000」と人間とのやり取りそして駆け引き。コンピュータを便利がって頼ってしまう人類に対し、戒めという意味でもこの シーンはとてもスリリングだ。ぼくはあの赤いランプがとても大きく、迫力さえ感じた。

やはりこの映画は大きなスクリーンで観るべき。だって「映画」だもん。
人類がどこから来てどこへ向かうのか・・・なんて難しい所は置いといて、リラックスして観れば、映画を通してキューブリックと話ができるでしょう。

2001/01/01 映画でお正月カウントダウン2001

2000年01月14日

聖なる嘘つき その名はジェイコブ

監督・脚本:ピーター・カソヴィッツ
原作:ユーレク・ベッカー
出演:ロビン・ウィリアムズ/ハンナ・テイラー・ゴードン/ボブ・バラバン/アーミン・ミューラー・スタール
1999/アメリカ

1944年、第二次世界大戦中のポーランド。ゲットーの中で暮らす元パン屋のユダヤ人ジェイコブは、外から入ってきた新聞紙を追っているうちに、夜間外出禁止令に違反したとしてドイツ軍司令部に出頭する。そこでジェイコブは、ラジオからのニュースによりソ連軍が400キロ離れた町まで進攻してきたことを知る。
ジェイコブは無事釈放されるがその帰り道、強制収容所行きの貨車から脱走してきた少女を救い、屋根裏部屋にかくまう。
ゲットーでの生活は暗く苦しく、自殺するものが後を絶たない。荷運びの作業中、元ボクサーのミーシャが監視兵を叩こうとするのを、ジェイコブはラジオで聞いたニュースを聞かせ止める。ニュースを聞いたミーシャは早合点し、ジェイコブがラジオを持っていると皆に言いふらしてしまう。

「ほらふきヤーコブ」で知られる小説を映像化。もうこれはロビン・ウィリアムスの魅力に尽きるでしょう。救った少女のために声色を使ってBBC放送の真似をするシーンなんて、暗い映画の中で笑わせてくれる象徴的なシーンだ。この映画自体、暗いシーンが彼らのジョークでぽっと明るくなる。
ロビン・ウィリアムズの今までの作品を振り返れば、本作品との共通点を見出せられる。それは希望だ。「笑い=希望」なのである。この作品では、暗く苦しい生活を強いられるユダヤ人に、彼の”嘘”が希望を与える。ジェイコブにとって嘘をつくのは気の進まないことではあるけれど、嘘をつくことで自分を支え、皆を支えることになる。人間にとって生きるために必要なことは希望を持つことだ。
街の噂は司令部にまで届き、人質を捕らえてまでないはずのラジオ探しに躍起になるドイツ軍。友人に真実を述べ、意を決するジェイコブがとる行動は・・・。果たしてジェイコブの希望の含まれた”聖なる嘘”は、真実になる日が来るのだろうか。

2000/01/14 新宿シネマスクエアとうきゅう

大いなる幻影

監督・脚本:黒沢 清
出演:武田 真治/唯野 未歩子
1999/日本

時代は2005年。日本は様々な人種の住む国になっていた。ハルは音楽関係の仕事をしているが、特に作業に参加する必要がなく、常に時間を持て余していた。さらには自分の存在すら消えかかっていた。ハルにはミチという恋人がいる。ミチは海外郵便の窓口を担当しており、時々小包を家に持って帰っている。次第にハルとミチは互いに距離を感じるようになる。
ハルは友人が田舎に帰るのをきっかけに仕事を辞め不良グループと親しくなる。ちょうどその頃、正体不明の花粉が舞い始め、人々はマスクなしでは外出できないほどになっていた。久しぶりに再会するハルとミチ。2人は花粉対策の新薬のモニターになっていた。生殖能力が失われるかもしれないことを知っていながら・・・。

『CURE』で知られる黒沢清監督作の 「愛の物語」。んー。これ愛の 物語?武田真治と唯野未歩子のセリフなしのやりとりを観客はじっと 眺める。そう、ほとんどセリフはないのだ。必要最低限なんてものじゃない。 淡々と長回しで写し撮るカメラを通して、色々な想像が頭を駆け巡る。
ハル役の武田真治が時々ボーっとして本当に消えてしまうなんてちょっとおもしろい。でも、正直ちょっと退屈感を覚えた。それはただ僕が疲れていただけかもしれないけど。
時々存在が消えかかるハルは少しずつ存在が確かなものに。そして、何かを求めてさまようミチ。2人は一体どこに向かうのだろう。
映像の一つ一つを観ていくとなにかわかるのかなー。いやわからないかも。だってこれは幻の世界なんだから。

2000/01/14 渋谷ユーロスペース

2000年01月22日

地雷を踏んだらサヨウナラ

監督・脚本:五十嵐 匠
出演:浅野 忠信/ロバート・スレイター/ソン・ダラチャカン/ボ・ソン・フン
1999/アメリカ

1972年。カンボジアでは解放軍と政府軍の戦争が激化していた。銃弾の飛び交う戦場の中、カメラを構えて走り回る日本人がいた。彼の名は一ノ瀬泰造。アンコールワットを撮影し、ピュリッツアー賞を獲るのが夢だ。アンコールワット撮影のため、前線に向かう泰造だが機密漏洩の罪で政府軍により国外退去となってしまう。一旦はベトナムに移った泰造だったが、再びカンボジアへの入国を図る。

一ノ瀬泰造にとっても似ているらしい浅野忠信主演の本作品。銃撃戦の中を走り回る姿になぜかとてもドキドキした。なぜだろう。始まってほんのわずかで、スクリーンに映る浅野忠信の姿を応援していた。とても自然に感情移入していたってことかな。
泰造の行く所には必ず子供達の笑顔があって、子供達と接する浅野忠信の顔は素の笑顔だと思う。この映画全体を通しても浅野忠信の素の(と思われる)表情がたくさん。今までの浅野映画に比べてちょっと新鮮に感じました。
ただ残念なのは所々あっさりしすぎな感がある。現地の家族と日本にいる家族の対比が中途半端かなと思いました。ちょっともったいない。
アンコールワットに続く道を、自転車に乗り進む姿がとても印象的。夢に向かって真っ直ぐな泰造の姿にとても勇気付けられます。

2000/01/22 銀座シネ・ラ・セット

2000年01月26日

海の上のピアニスト

監督・脚本:ジョゼッペ・トルナトーレ
原作:アレッサンドロ・バリッコ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:ティム・ロス/プルート・テイラー・ヴィンス/メラニー・ティエリー
1999/アメリカ

1900年。ヨーロッパとアメリカを移民を運んで往復するヴァージニア号。ある日黒人機関士のダニーは、ダンスホールのピアノの上でレモン箱に入れられた赤ん坊を見つける。赤ん坊は”ナインティーンハンドレッド(1900)”と名付けられ機関士に育てられる。
8才になった少年は、機関士を事故で失ってしまい1人ぼっちとなっていた。ある時、美しい音楽に引かれ一等船室のダンスホールに。その晩、1900は一度も引いたことがないはずのピアノで、美しい音楽を奏で、人々を魅了する。

すげーうまい。なにがうまいって、1900の親友に数々の思い出を語る方法が、観客を自然に映画の世界に引き込む。「いい物語があって、それを語る人がいるかぎり、人生、捨てたもんじゃない」ってセリフがまさにぴったり。
それになんといってもティム・ロスだよ。ピアニスト役の彼の微妙な表情がなんともいえない。ジャズの発明者との激しい対決での真剣な表情、窓の外に見える美しい少女への想いをつづった哀しげな旋律、など見所聞き所がいっぱい。
緊迫したシーンの中にも、ちょっとしたユーモアがとても良いテンポを作り出していて、久しぶりに洋画でゆったりと映画を観た気がします。
船の上で生まれ、船とピアノと共に人生を歩む1900の姿はとても哀しい。ラストの語りも胸に響く。とても心に残る映画です。

2000/01/26 藤沢キネマ88

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