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2000年07月 アーカイブ

2000年07月01日

ストレイト・ストーリー

監督:ロバート・イスコーヴ
脚本:R・リー・フレミング・Jr
出演:フレディ・プリンツJr/レイチェル・リー・クックマシュウ・リラード/ポール・ウォーカー
1999/アメリカ

ザックは高校の生徒会長でサッカー部のヒーロー。ガールフレンドは学園のクィーン、テイラーだ。春休みも終わりあと数週間で高校生活も終わるという頃、ザックはいきなりテイラーに別れを告げられてしまう。ヤケになった彼は悪友ディーンのとんでもない賭けに乗ってしまう。それは学園一冴えない女の子レイニーをプロムパーティーまでにクィーンに選ばれるような美しいレディに仕立て上げるというのだ。
早速ザックは彼女に声をかけるのだが全く相手にされない。それでもなんとかデートに誘うことに成功したザックだったが・・・。

アメリカ的青春ドラマ。典型的なシンデレラストーリー。ティーン版プリティ・ウーマン・・・。こんな文句がまさにぴったりな青春映画。ぼくは今まであんまり見なかったんだけどこういうのも良いですねぇ。
実のところレイチェル・リー・クック見たさにぼくはこの映画を観たのです。だってカワイイでしょ。ぼくは3年前に雑誌で初めて彼女を見ました。それがとても印象に残っていて今でも覚えています。
イケてない少女からイケてる女性に変身するレイニー役は彼女にとてもぴったり。メガネを使ってダサさを演出というお決まりの手法も彼女のかわいさに目をつぶろう。
10代はみんな自分を変えたいと思っている。外見だけでなく内面から大人になりたいと。これは日本でも同じだろう。しかしそこで悩んでしまうんだよね。これでいいのか、他の道があるのではないかと。でも人生思い切りだ。勢いで乗り越えることが大事なことだってある。自分の道は自分で切り開かなければならないのだ。
劇中でもやはりレイニーやザックはそこで壁にぶつかっている。自分の将来に自信が持てず悩んでいる。しかしわずかなキッカケと自分に素直になれば壁を乗り越えられるのだ。
なんだか見ていてとても身に覚えのあることだ。この映画を観てちょっと勇気がでた。観終わってそんなことを思う21歳の初夏でした。
でも初日でしかも「映画の日」で1000円で見られるのに館内に5~6人(しかも男)というのは寂しいなぁ・・・。

2000/7/1 厚木シネマミロード

ザ・ハリケーン

監督:ノーマン・ジュイソン
原作:ルービン・"ハリケーン"・カーター/サム・チェイトン/テリー・スウェイトン
脚本:アーミアン・バーンスタイン/ダン・ゴードン
出演:デンゼル・ワシントン/ヴィセラス・レオン・シャノン
1999/アメリカ

1963年、ボクシング・ウェルター級のチャンピオンに輝いたルービン・"ハリケーン"・カーター。しかし3年後、ニュージャージー州のバーで起った殺人事件の犯人とされ、終身刑となってしまう。ルービンは無実を主張し獄中から自伝を出版するが再審でも有罪の判決を受ける。ルービンは希望を失い社会とのつながりを断ち切る。
しばらくしてルービンに、カナダに住む少年レズラから一通の手紙が送られて・・・。

無実ながら人種偏見から投獄された黒人ボクサー"ルービン・ハリケーン。カーター"の釈放までの18年間を追った実話ドラマ。
どうもここ最近実話を基にした映画が多いですねぇ。なんでだろ?はやりなのかそれともネタ切れなのか?でも実話を基した映画にはハズレがないように思うし個人的には好きなのでいいんだけどさ。
ルービン役のデンゼル・ワシントンはこの役のために1年間ボクサーのトレーニングを積み、ハリケーンのごとく繰り出されるパンチを見事に再現。鍛え上げられた肉体と役者魂にただただ脱帽です。もちろん彼の演技力はいうまでもなく、微妙な心の変化、動きを見事に演じています。
希望も自由もないと語るルービンの言葉はとても印象深い。塀の中での過酷な生活は安易に想像できるものではないだろう。ましてや人種偏見がある時代である。ぼくらにはほとんど理解できない問題だ。できることは人種差別とそれによる冤罪がなくなることを願うだけだ
「拳」に自由を求めていたルービンだったが投獄され自伝を書くようになってから「言葉」に自由を求めるように変わっている。拳に自由を求めた時の彼は自分の肉体を武器として社会の偏見に1人で立ち向かっていた。しかし言葉に自由を求めるようになった時、彼は他人の力を借りるようになったのだ。そう、人は1人では生きていけないのだ。
この変化をもたらしたのはやはりレズラ達だ。特にレズラとルービンの親子ほど年の離れた2人の交流がルービンに希望と自由への道を開かせた。交流の始まりがルービンの書いた本を読んだレズラが感動して送った手紙というのも興味深い。
釈放後、自由と希望そして友情を得た彼の表情はとても穏やかだった。
輝く空に彼はなにを見ていたのだろうか。

2000/7/1 厚木テアトルシネパーク

2000年07月05日

サイダー・ハウス・ルール

監督:ラッセ・ハルストレム
原作・脚本:ジョン・アーヴィング
出演:トビー・マグワイア/シャーリーズ・セロン/マイケル・ケイン
1999/アメリカ

メイン州ニューイングランド。ホーマーはセントクラウズの孤児院で生まれ育った。孤児院の院長ラーチは彼の父親代わりとなりホーマーに自分の仕事(分娩と当時禁止されていた堕胎)の助手をさせ医療の勉強をさせていた。
しかしホーマーは堕胎することに疑問を感じ手術の助手を手伝う事はなかった。
そんな時、ホーマーは自分と同じ世代のキャンディとウォリーに出会い、憧れていた外の世界に旅立つ決意をする。

映画の中心は父(ラーチ)と息子(ホーマー)の物語ではあるがそれに併せてホーマーの青春物語の側面もある。特にホーマーが孤児院を飛び出し、外の世界での様々な経験により成長していく姿にとても共感できた。
このホーマー役のトビー・マグワイアが実に良い表情をしているのだ。素朴・純真なホーマーの、ときおり見せる寂しげな表情がなんともいえないよ。話相手に対してじっと相手の顔を見て話を聞く姿勢、大人でも子供でも同じ接し方をしているのも好感が持てる。
この映画の俳優達はとても自然に映画の中に入り込んでいる。ラーチ役のマイケル・ケイン(アカデミー助演男優賞)やキャンディ役のシャーリーズ・セロンも違和感がない。これはラッセル・ハルストレム監督が俳優の自由な発想を尊重し、柔軟な対応から生み出されたのだろう。もちろん監督の期待に十二分に答えた俳優達の演技力あってです。
ホーマーを通して描かれる「ルールの矛盾、葛藤」。この映画の主な人物は皆ルールを破り又一方で守りながら生きている。人はルールを破ってでも救わなければならない人、出来事があるものだ。
大切なことは自分のルールを見つけること。
そして自分がすべき事はなにかを見つけること。
ぼくはこの映画でそんなことを問われたように思います。

2000/7/5 藤沢オデオン館

2000年07月12日

レインディア・ゲーム

監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:アーレン・クルーガー
出演:ベン・アフレック/シャーリーズ・セロン/ゲイリー・シニーズ
2000/アメリカ

刑期を務め出所することになったルーディ。刑務所の門を出るまで彼の頭にあったのは故郷でクリスマスを家族と過ごすことだった。しかし門の前で1人の女性を見た瞬間、彼の考えはどこかに消えてしまった。
その女性はルーディと同房だったニックの文通相手アシュリー。しかしニックは出所2日前に事故で死んでしまった。彼女は来るはずのないニックを待っているのだ。ルーディは悪いと思いつつもニックと偽って彼女と付き合い始めるのだが・・・

ラストの二転三転の展開にただただ驚き、やられたと思った。良くできたサスペンスドラマは観ていて不快に感じることがないよね。それよりも場面ごとに「なるほどー」、「そーか」と感心していた。伏線も微妙で複雑というわけではなく、ちゃんと観客の頭に印象付けられるようにしっかりと見せている。こういうのは最近見ないからちょっと新鮮だった。小難しくなくてぼくはこの方が好きだな。
さてキャストだけどベン・アフレック、シャーリーズ・セロン、ゲイリー・シニーズとなかなかの演技者揃いだ。しかしあくまで主役はルーディ役のベンである。ちょっと田舎臭い人のいい兄ちゃんって感じで良い感じだ。前半なんとか逃げ出そうと必死な姿は応援したくなっちゃいます。
さらに今回シャーリーズ・セロンが出演の作品が2本続きました。彼女の役者としての力を見るのにちょうど良い2本でしょう。こちらでもストーリーのカギを握る役どころ。彼女の表情を要チェックです。でもベンを見失わないでね。
ちなみにぼくは『サイダーハウス・ルール』のキャンディの方が好きです。
ガブリエル役のゲイリー・シニーズは・・・らしさがでています。やはり悪役なのか。でもルーディに同情しているような感じがするということはまだ良心が残っているということかな。
展開もリズムもバッチリ。それに上手い脚本ときたらもう言うことなし。次第に明らかになっていく真実。果たしてラストに笑うのは一体誰・・・。
シンプルかつ巧妙なサスペンスはいかがでしょう。

2000/7/12 藤沢オデオン館

2000年07月19日

地上(ここ)より何処かで

監督:ウェイン・ワン
脚本:アルビン・サージェント
出演:スーザン・サランドン/ナタリー・ポートマン
1999/アメリカ

アメリカ、田舎のハイウェイを疾走する1台の78年型ベンツ。運転をするアデルは楽天的でハデ好きな1児のシングルマザー。その隣、助手席に座っているのは14歳の娘アン。アンは無鉄砲な母の行動に振り回せれていることに苛立ち、早く母から自立したいと願っている。
そんな2人が目指す地はロサンゼルス。アデルはウィスコンシン州の小さな町ベイ・シティでの平凡な暮らしに我慢できず、娘アンを女優にしたいと考えたのだ。
そして2人は遂にロサンゼルスへ。2人の都会生活が始まるのだが・・・。

派手好きの見栄っ張りでおせっかい好きの母親アデルと、そんな母を支えるしっかりものの娘アン。アンは母親の許から離れたいと思っているけど母を1人にしておけない、又自分も1人でやっていくことに不安を感じている。そんな母娘の成長を見守るやさしい映画。
ついつい娘の自立心を抑制して自分の考えを押し付けてしまうアデル。子供を持つ親はこんなアデルの姿に見覚えがあるのでは。そして、そんな母に反発するするアンの姿も記憶があるでしょう。そう、この映画に出て来る2人は昔の自分の姿と今の自分の姿なのです。特に女性の方。ある時はアデルに、またある時はアンの気持ちに同感しながらこの映画を観ることになるでしょう。
ってなんか女性のことばかり書いていますが一応ぼくは男です。
そんなぼくはアンの心境にちょっと近いところにあったりします。彼女の気持ちはなんとなくわかるんだなぁ。でも母親はアデルのようじゃないけどね。
そんな(どんな?)賢そうなアンにナタリーポートマンは適役かな。賢そうだもんね、あの表情は。まぁそれ故にスターウォーズ1で女王役だったもんな。

アデルとアンの関係は一見悪そうに見えるが実は非常に良い。アンは母を完全に嫌っているわけではない。2人には愛情によるつながりがしっかりとあってちゃんとコミュニケーションが取れている。これは昨今の家族関係の見本になるんじゃないかな。
って20そこそこの男が言うのは変かな・・・。

2000/7/19 日比谷シャンテ・シネ

ジョン・ジョン・イン・ザ・スカイ

監督・脚本:ジェファソン・デイビス
出演:ランディー・トラヴィス/マット・レッシャー/ラスティ・シュイマー/R・ローズモント/クリスチャン・クラフト
2000/アメリカ

ここはテキサス南部の小さな飛行場。修理工のジョンは仕事がはかどらず、また妻との口論に苛立っていた。そこへ故郷の父の死を伝える電話が。彼は息子を連れて故郷へ向かう。そしてジョンの脳裏には幼き日の出来事が甦る。

シネマ通信のレポーターでおなじみのジェファーソンが監督を務めた初の長編作品。キャスト陣にもシネマ通信の面々がいて、さながらシネマ通信の特番?って感じかと思ってました。ところがなかなかきちっとした映画ではありませんか。ちょっと彼を見直しました。
しかもアメリカ映画の普遍的なテーマ父子のストーリー。なんか下の作品とテーマ近いなぁ。でもこちらは「父子」です。

ジョンの息子時代(ジョンジョンと呼ばれていた)に強烈なインパクトを残すジョンの父親。なぜ?って言いたいくらいジョンジョンにそして妻に厳しい。どうやら保守的なアメリカ南部の典型的な父親像らしい。しかし彼もまた同じように育てられた身である。果たして同じように自分の子供にしつけるのだろうか。そう本当は彼はやさしいのだ。たしかに終盤の彼はジョンジョンとの事件後、やさしい奴になっている。そう変身させたのはきっとゼオラの存在があったからだろう。

そうこの映画のキーパーソンはラスティー演じる「ゼオラ」だ。知的障害のため言動がトロいが彼女は正直でとても純粋だ。ジョンジョンに嫌われても飛行機作りを続け、遂に飛行に成功した時ぼくは泣きそうになってしまった。この映画で彼女の存在が一つの救いだった。

実際ぼくはこの映画に少し違和感を感じていた。どうもしっくりとこない。展開にしろセリフにしろ音楽にしろどうも妙な気がしていた。それは映画の本編が始める前のイメージソングからだ。
しかしそれらをゼオラが立て直してくれた。ぼくはラスティーを見直しました。

ラストのポストカードの見せ方が非常に上手くて、そんな所に感動してしまった。スタッフ紹介なんだけどなんだか胸が温かくなった。
なぜだろう。ゼオラが絵葉書を欲しがっていたからかなぁ。

2000/7/19 銀座テアトルシネマ

2000年07月20日

ジュブナイル

監督・脚本:山崎 貴
出演:香取 慎吾/酒井 美紀/鈴木 杏
2000/日本

2000年のある夏の日。ユースケ、トシヤ、ヒデタカは林間学校に来ていた。その夜強烈な光を見た3人とミサキは光の下で1体のロボットを見つける。ロボットの名は「テトラ」。テトラはなぜかユースケのことを知っているらしい。結局ユースケの家でテトラの世話をすることになるのだが・・・。

なぜかジュブナイル観てしまいました。いや観る気が全くないわけじゃないんだけど。なんでだろ・・・

少年少女が主人公ということで、一見子供向けで大人は楽しめないようなイメージですが、なかなかどうしてしっかりと作られているドラマでした。
これなら子供連れの大人も楽しめるんじゃないでしょうか。

VFXを多用した邦画ですが、”もうちょっと”という感はやはり仕方がないかな。でもここ最近日本のVFXも良くなってきていることは実感できました。異星人やその宇宙船。テトラのロボット等ゲームの世界をそのまま現実に持ってきたようでそれがゲーム世代にはうれしい。また異星人が人間に変身するシーンもそれっぽくて良くできている。欲をいえばもう少しガンゲリオンと宇宙船の戦闘シーンに迫力が欲しい。

早熟な少女に背伸びして追い付こうとする少年っていう雰囲気はまあまあなんだけど、妙に会話がぎこちない。なんでだろう。鈴木杏なんて慣れているはずだけど。監督の子供達の扱い方が悪いのかな。ちょっと違和感あり。でも香取慎吾が天才科学者役として子供達と交流し始めてから、だいぶ良くなった。この時の子供達はちょっとリラックスしていたように見えたんだよね。香取慎吾のキャラクターがそうさせたのかもしれないけど、これが功を奏して自然な感じになった。

エピローグが長いのはテトラの出現の理由を説明させるのに必要だからか。ユースケの20年後として吉岡秀隆が出ているんだけど、ぼく、結構好きなんだよね。特にあの目がさ。なんかね。

「ジュブナイル」とは「少年期」という意味。子供は現在の自分を、大人は子供の頃の自分を映画の中の少年少女に重ねて思い出させてくれます。
家族で楽しめる映画なので、夏休み映画館に足を運んでみてはどうでしょう。

2000/7/20 フジサワ中央

2000年07月29日

パーフェクト・ストーム

監督:ウォルフガング・ペーター
脚本:ビル・ウィットリフ
出演:ジョージ・クルーニー/マーク・ウォールバーグ/ジョン・C・ライリー/ダイアン・レイン
2000/アメリカ

1991年10月の良く晴れたある日。マサチューセッツ州のグロスター港から「アンドレア・ゲイル号」が出港しようとしていた。
船長のビリーをはじめ船員は幾つもの危険な漁を経験してきた海の男達。
愛する女性を残している者、大金を手に入れたい者、そして海を愛し孤独を忘れようとする者。様々な思いを胸に船は静かに出港する。
しかしその先に想像を絶する嵐が待ち受けていようとは誰も知る由もなかった・・・。

ジョージ・クルーニー主演作。とてもハリウッド的というかすごくアメリカらしい映画。100年に1度という「パーフェクト・ストーム」に立ち向かう海の男達の闘いを描いているわけだけれど、その男達っていうのがやたら個性的。1人1人に色々な事情があってそして葛藤して悩んでいる。それは特別なことではなくて普段僕らもこれに近いようなことで悩んで葛藤してたりするだろう。だから彼らの気持ちがなんとなくわかるなぁ。そして一見バラバラに見える彼らだけれど、海の上に生きがいを求めているということが彼らの気持ちを結び付けている。海の上は日常から離れていて漁をしている間はそんな悩みを忘れられるからだろうなぁ。

アンドレア・ゲイル号のことだけでなく「パーフェクト・ストーム」に遭遇したボートやその救助ヘリのことについても描いているんだけれど、どうもその辺の作りに僕は違和感があった。別に必要ないというわけではない。アンドレア・ゲイル号がどのようにあの嵐の中をさまよったのかは誰もわからない。だから同じ状況に会ったボートや救助ヘリに起ったことを説明すればゲイル号にも同じようなことが起ったんだということがわかるし、救助ヘリの隊員達の危機もかなりドキドキもの。しかしそこまでやってしまうとあっちもこっちもって感じで僕は疲れてしまい、なんだかわからなくなってしまった。過剰な演出がぼくの気持ちを削いでしまった。
これはたぶん見せ方の問題だと思うんだ。「これでもか!」っていうのはちょっとぼくにはつらかった。

CGに関してはよくできている。さすがILM!しかもCGを売りにしているような宣伝をあまりとっていないところがすごく良い。大嵐の見せ方も色々な工夫がしてあってさらに良い。
しかし、せっかく「いいぞいいぞ」と思っているのに、いかにも「作り物です」っていうシーンがなんかわざとらしい演出で入るのがいやらしいな。やはり現実のものとは違うんだからこういう無理はしないで欲しかった。

やはり自然の力は恐ろしいもの。こういう時人はなす術もなく自然の驚異をただただ見せ付けられるだけ。大波に漂う姿がとても小さく、自然の中の人間の存在を改めて教わったように思いました。

2000/7/29 藤沢オデオン館

2000年07月30日

ボーイズ・ドント・クライ

監督・脚本:キンバリー・ピアース
出演:ヒラリー・スワンク/クロエ・セヴィニー/ピーター・サースガード/ブレンダン・セクストン三世
1999/アメリカ

1993年、ネブラスカ州リンカーン。ブランドンは戸籍上は「女」だが、性同一性障害を持ち、「男」になりたいと思っている。20才になったブランドンは髪を少年のようにカットして街に出掛け、女の子をデートに誘うようになった。そんな時、ブランドンはバーで出会った男達に連れられてフォールズシティという町にに辿り着く。保守的なこの町でブランドンを待ち受けているのは果たして・・・。

この映画で性同一性障害を持つ女性を堂々と演じ、見事アカデミー主演女優賞を獲得したヒラリー・スワンク。この作品を撮り終えた後もしばらくは男のクセがぬけなかったとか。それだけ役に入り込んでいたということでしょう。

実際にアメリカで起った事件をモデルにしているんだけれど、こーいうのは難しいよなぁ。感動的なストーリーなら作りやすいと思うんだ。でもこれはまぁ結末をちょっと明かすと悲劇的な話なのです。この事件やブランドンに会ったことがある人もたくさんいるだろうから変に脚色をしてしまうと事実に反してしまうことになる。しかしそのままでは映画になりにくい。というのでこれは脚色してしまったのですが・・・どうもいまいち。
観ていてつながりに違和感を感じ、後半もそれを引きずってしまった。
まぁ問題提起という点から見ればこれは十分な映画だろう。

実際のブランドンがどのような人物なのかは判断できないのですがヒラリー・スワンクの健闘は大いに拍手を送りたい。しかしどーしてもひっかかる。どー考えても女なのだ。始めて見た時に誰も気づかないっていうのはおかしいだろうって。あんな声しているし。しかし終盤の彼女の表情は非常に穏やかだ。吹っ切れたような表情で、だいぶ男らしくなっていた。

自分らしく生きることって相当に勇気がいること。世の中の流れに流されて自分を見失う事が多い中、彼女の生き方は、まぁ極端ではあるけれどとても充実感に満ちていたように思う。あの勇気は僕も見習いたい。

2000/7/30 渋谷シネマライズ

ハピネス

監督・脚本:トッド・ソロンズ
出演:ジェーン・アダムス/フィリップ・シーモア・ホフマン/ディラン・ベイカー
1998/アメリカ

アメリカはニュージャージー州の郊外。ごく普通の中流家庭に育った3姉妹。3女のジョイは作曲家志望だがパッとせず30を過ぎても生家に住む独身女性。次女ヘレンは売れっ子作家だが自分の才能に自信を失い始めていた。長女のトリッシュはごく普通の家庭の妻。1人幸せそうに見えたのもつかの間。夫のビルがある事件を起こしてしまう・・・

アメリカ郊外に暮らすちょっと変で、でも普通(?)の人々の生活を静かに淡々と描いたドラマ。なんだか観ていて変な感覚だった。キャストみんなが様々な悩みや欲望を抱えていて、そしてそれぞれがどこかで微妙につながっているのだ。どの人物のエピソードもおもしろくて、でもやっぱり変でそれがわかるようなわからないような。

僕の1番の印象は精神科医のビル。もう目がやばい。特に子供と話をする時の目。危険に満ちているよぉ。いやー危ない危ない。
それにやっぱ太っちょのアレン。後半は特におもしろかったな彼。やっぱり彼もちょっとおかしいんだけどなんか好感を持てたりする。キャラクター故かな。

なんか変だ変だと書いてしまったが、彼らには共通する目的がある。それは「ハピネス」幸福だ。しかし彼らは生活に困っているわけではない。しかし精神的な満足感がいまいち、と本人は思っている。はたからみたら贅沢な悩みなんだけどね。でも彼らはみんな自分の「ハピネス」を得るためにもがいている。その姿がなんかわかるような気がした。

しかし最後に3姉妹とその両親はなんだかんだいいつつみんなでカンパイとか言っちゃうんだよ。結局は平凡な事かもしれないけど、案外幸福なんてそーいうもんかもしれないなぁ。

2000/7/30 渋谷シネ・アミューズ ウエスト

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